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オガワンダー

31 既婚 リーマン アホみたいなタイトル

だまされないぞ

誰かの引用とか、たとえ話が嫌いです。

自己啓発本とか講演とかで「○○はこう言いました、△△と。」みたいな事を言われても、僕は逆に反発してしまいます。

 

アリストテレスはこう言いました。『“垣根”は相手が作っているのではなく、自分が作っている。』。だから皆さんも、苦手な相手にも壁を作らず、自分から対話を・・・」云々かんぬん言われたとしましょう。

僕はこういうパターンに対していろいろ言えますけど、何よりもまず「なんでお前は、アリストテレスが絶対に正しいと思ってるん?」ていうのが大きいですね。

アリストテレスに限らずですけど、引用元の奴が間違ってるかも知らんやん。お前がその言葉を気に入ってるだけで、晩年のアリストテレスは「あれ、あのときああ言うたけど、今思ったら全然ちゃうかったなぁ」て思ってるかも知らんし、そう思ってなかったとしても間違ってる可能性はあるわけです。

あと、「アリストテレスとお前はそう思ってるか知らんけど、俺はそうは思わへん」っていう感情もありますしね。

 

もうひとつ、例え話全般に関してですけど。

「北風と太陽」とか、「太陽と同じようにじんわり照らして、旅人が自分から服を脱ぐように持っていくのが大事」ってことですけど、全ての場面に適合するわけじゃないですよね。

強引に行くべきとこは強引に行くべきですから、全てのシーンに適合するかのように言われても「だまされないぞ」ってなる。

動物のたとえとかも。「働きアリは7割が働いて、3割が働かない。その働くアリだけを集めても、また7割しか働かなくなる。逆に働かない3割を集めても同じ結果になる。人間の組織もそう。」みたいなこと言われても、「いや、俺らアリちゃうし」っていう風にすごい思う。

それは単純にアリに対する生物学的な実験結果であって、そんなん言い出したら親ツバメとかはほぼ例外なく、死ぬほど子育てがんばってる。そっちはどうなん?例えだしたん、そっちですけど?てなる。

 

まあ僕も例え話使いますけど、ほとんどはあえてむちゃくちゃな極論にして笑かすように使うようにしています。したり顔での例え話ほど滑稽なものはないよね。足すくうポイントなんぼでもある。正解のときもあるけど。正解というか、「まあそらそうやろ」みたいな。例える意味ある?みたいな。そんなお話。